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世界文学紀行(4)印度・ベナレス 十河和夫 記

随筆/雑記

『暁の寺・豊穣の海(三)』三島由紀夫 新潮文庫 平成19年2月10日 52刷

『豊穣の海』文庫本で、森川達也はこう解説している。

まぎれもなく、タイ・印度体験ことに印度における「ベナレス」体験であった、と思われる。年譜によれば、昭和42年9月、三島はインド政府の招待を受けて、夫人同伴で一ヶ月印度に取材旅行し、帰途ラオス、バンコクに立ち寄っている。彼が感受したこのときの印度体験が、いかに強烈なものであったかは『暁の寺』全巻にみなぎり、あふれている。何という、巨大で徒労な、現前ニヒリズムであることか!

ベナレスはヒンドゥー教、仏教の一大聖地。 でも、町は雨が降れば道が沼になる
インドは、どこの町に行っても牛が闊歩している。大事にされているというより無視されているという感じだ。 奈良の鹿と同じように、町に溶け込んでいる。

たしかに、「ベナレス」は強烈であった。僕がベナレスに旅したのは、2010年7月だった。LSC会員の奥田さんの誘われて同行させてもらったのだ。

町はゴミが散乱してどこに行っても人が多い。店は乱雑で商品も汚く感じる。 これを見てインドが嫌いになる人も多い。でも、これが印度の魅力なのだという人もいる。

三島はこう書いている。

さるにてもベナレスは、神聖が極まると共に汚穢も極まった町だ。日がわずかに軒端に差し込む細道の両側には、揚物や菓子を売る店、星占い師の家、穀粉を秤売りする店などが立並び、悪臭と湿気と病気が充ちていた。ここを通り過ぎて川に臨む石畳の広場に出ると、全国から順礼に来て、死を待つあいだ乞食をしていた癩者の群れが、両側に列をなしてうずくまっていた。

ガンガーのほとりは、巡礼者が沐浴と祈りを捧げる場所だ。 沐浴は夜明けから行われるので、ボートに乗り朝日とともに沐浴風景を見学。
川岸は老若男女埋め尽くされていた埋め尽くされていた 時にはへっぴり腰で沐浴する信徒も!

神聖と汚穢、生と死、日常と非日常がいり混ざった混沌とした町だった。

ここには悲しみはなかった。無情と見えるものはみな喜悦だった。輪廻転生は信じられているだけでなく、田の水が稲をはぐくみ、果樹が実を結ぶのと等しい、つねに目前にくりかえされる自然の事象にすぎなかった

印度の母なるガンガー(ガンジス川)、そしてその岸辺に連なるガートこそ巡礼の目指す所だ。 ガートとは、岸辺から階段になって河水に没している堤のことで、沐浴する場として使われている。
階段(ガート)には水浴の人の休む無数の茸のような傘が群立つていたが、日の出を絶頂とする水垢離の刻限には遠く、西日が深くさし入る傘の下は概ね留守だった 手作業で洗濯している。まるでエミール・ゾラの洗濯女の世界を見た気がした。

豊饟の海のテーマである輪廻転生の世界がここに現存していた。

バナラース・ヒンドゥ大学。構内には、白くそびえるヴィシュワナード寺院がある。ガート近くにあるがゴミゴミした喧噪が嘘のような穏やかな雰囲気が漂っている。 ムルガンダ・クティ寺院はサルナート遺跡の東端にあり、サルナートはブッダが悟りを開いた後初めて説法を開いた場所で仏教四大聖地の一つになっている。
サルナートとは現地の地名で、仏典では「鹿野園」という。遺跡公園として整備されていて、」その中心に仏塔「ダメーク・ストゥーパ」がある。 お釈迦様が初めて説法を行った場所として、仏教徒にとって重要な巡礼地の一つ。気楽に頂上にまで登ることが出来る。土足でいいのかと思ったのだが‥
印度の人は社交的だ。カメラで撮っていると、自分も撮してくれと言われることが多い。 子供たちも、カメラを向けるとポーズを答えてくれる答えてくれる

死を営むガートに三島はこう答える。「ナヌカル・ガートこそは、浄化の極点、印度風にすべて公然とあからさまな、露天の焼場なのであった。しかもベナレスで神聖で清浄とされるものは共有な、嘔吐を催すような忌まわしさに充ちていた。そこがこの世の果てであることに疑いはなかった。

火葬場は24時間休むこと無く遺体を燃やし続けている。 燃やした遺灰は聖なるガンガーに流され永遠のいのちを得るという設定になっている。

人は死んだ時から、輪廻転生の旅に出るのだ。死は終わりでは無く始まりなのだと思える場所がベナレスだと僕は感じた。

旅行アドバイス

・印度は個人で旅行するのは難しい。現地の旅行会社でツアーを組んでもらうことが最適だと思う。

随筆/雑記

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