レイテ島慰霊団、セブ島、ボホール島観光、ジンベイザメと泳ぐツアー (2016・3・7〜3・20)若林紘一郎 記

海外旅行体験記/記録

前回投稿の「レイテ島慰霊下見の旅」の翌年LSCで「レイテ島慰霊・セブ島、ボホール島観光・ジンベイザメと泳ぐツアー」を募集し11名参加の戦没者慰霊団を結成しました。

花田さんの事前の綿密な調査のもと、私達は花田さんを隊長に正木さんを副隊長とし若林が慰霊担当に任命され、ツアー12日間の内2泊3日がレイテ慰霊の旅でした。

セブ島到着翌日、マクタン島沖のナルスアン島でアイランドホッピングをしたりセブ島を観光したりゆっくりすごした後、3月11日、セブ空港出発、レイテ島タクロバン空港着後手配のレンタカーで宿泊の「レイテパークホテル」に着いた。

ホテルで色鮮やかなウエルカムドリンクを頂いた後、早速11名は花田さんがあらかじめ地理に詳しいドライバーを予約して頂いたレンタカーに乗り慰霊ツアーに出発した。

東海岸沿いを南下し、パロでマッカーサー巻き返しの上陸地点「マッカーサー・ランディングパーク」を見学し、さらに南下してドゥラグという小高い所にある最初の「レイテ島戦没慰霊碑」を参拝しました。立派な石碑で近隣のフィリピン住民が管理してくれているようで我々が参拝中人々が集まってきた。

マッカーサー・ランディングパーク

次に内陸部に向かって雄大なヤシ林を眺めながら進み、昨年の下見では見つけられなかった父が戦死したブラウエン飛行場跡に向かった。

しかしなかなか見つけることが出来ず地元の人に尋ねながら細い道に入って行ったが、途中で車をあきらめ、あとは徒歩で草叢と田のあぜ道を進み、ようやくブラウエン飛行場跡を見つけた。そこには木の墓標の慰霊碑がひっそりと立っていた。私は周りを見回しましたが、のどかで広大な草原はその昔飛行場だったとのこと。ここで大勢の人々が戦争のために無念にも尊い命を落とし、父もこの同じ山や草原を眺めて亡くなったのかとの思うと胸に迫るものがありました。

私達慰霊団は日本から持参した線香と蝋燭を点しお菓子をお供えし、日比両国の国旗を掲揚したのち黙祷しました。さらに「君が代」「ふるさと」を後藤さんのハーモニカの伴奏で歌いました。やっと長年の思いが叶い心安らぐ思いでした。

近くの住民が墓標を守ってくれているようで住民が集まってきました。お礼を込めてお供えを子供たちにおすそ分けしました。

ブラウエン飛行場跡 木の墓標の慰霊碑

ここから少し車で移動し、昨年花田さんと慰霊したブラウエンの町の戦没者慰霊碑「平和の塔」を訪れました。ここで昨年巡り合った近くに住んでいて慰霊碑の管理をしてくれている日本人Kさんと再会しました。

花田さんがkさんに電話連絡してあったので事前にテントを張り、いすを並べ花束や飲料水を用意して待ってくれていて慰霊団参拝としての体裁を整えてくれていました。

平和の塔に国旗を掲げ、線香を立て蝋燭をともし菓子や日本酒のお供えをし全員で黙祷をしました。

私は遺族を代表して「戦後71年目、今年1月に天皇、皇后両陛下がフィリピンを訪問された同じ年に訪問できたことの感激、フィリピンにおける戦死者50万人余、内レイテ島の戦死者約8万人が玉砕したこと、今日の日本の平和と繁栄は戦争で戦った英霊の犠牲のおかげであること、英霊の御霊が心安らかに眠られ2度と戦争が起こらないよう世界の平和を祈念する」と霊に捧げる言葉で熱い心の内を述べました。

ここでも厳かに日本国旗とフィリピン国旗を掲げハーモニカの伴奏で「君が代」、「ふるさと」を皆で斉唱しました。

慰霊参拝中にも地元の住民や子供がたくさん集まってきて眺めていたので、子供たちにお供えをおすそ分けし日頃のお世話に感謝しました。

平和の塔 慰霊参拝

帰路、日本の技術、資金で作られたレイテ島とサマール島をつなぐ優美な曲線を描く橋「サン・ファニーコ大橋」を渡りタクロバンに戻りました。

一日目の「レイテパークホテル」は小高い丘の上にある海に面した素晴らしい立地のリゾートホテルでした。

テラスでの夕食はレイテ湾のコバルトブルーの海と青い空を眺めながら暗くなるまで美しい景色に見とれていました。

二日目はレイテ島東岸のタクロバンから一気に横断し西岸のビリアバまで行きました。ビリアバの慰霊の石碑は文字が一部消えていました。石碑の隣りの家が碑を守ってくれていて家族が暖かく迎えてくれました。高校生や大学生の娘さんや小さな子供たちもいて色々お話をしたのち、家族の人たちと皆一緒に写真を撮りました。次に道路わきの小高い所にある「工兵碑」で慰霊しました。ここでも慰霊に訪れた日本人が署名したノートを管理しているフィリピン家族がいて我々も署名しました。

ビリアバの慰霊の石碑 管理しているフィリピン家族

リモン峠に向かう途中のカポオカンで、少し山の中に入ったところにある慰霊碑は台風で吹き飛び土台だけがありました。そばに日本人が植えたという大きなクスノキが立っていました。現地のおじさんがクスノキの根の皮をはがし匂いをかがしてくれました。車は山を上がって行き、前年に下見にも来たリモン峠の頂き近くに着きました。ここリモン峠は米軍との戦いの最激戦地ですべての補給路を断たれ、ほとんどの兵士が玉砕しました。

この峠で第一師団の慰霊碑や鎮魂碑など二ケ所の慰霊碑を黙祷し、国旗を掲げ君が代を歌いすべて同じように慰霊しました。

リモン峠から望む景色は遥かカリガラ湾が広がり、その昔悲惨な戦いが繰り広げられたとは全く想像できなくて、悲しいくらい美しい風景でした。

第一師団の慰霊碑や鎮魂碑 リモン峠から望むカリガラ湾

今回、激戦地のリモン峠の慰霊碑や各地の慰霊碑を巡りましたが各慰霊碑では必ず現地のフィリピンの住民が管理保存してくれていてフィリピン人のやさしさを感じる旅でした。

翌日タクロバンからセブ島に戻り1泊しゆっくり過ごしました。

その後ボホール島に向かいセブ港からスーパーキャットに2時間乗船しボホール島に到着、観光しました。

チョコレートヒルという円錐型のチョコレート色の丘が並ぶ珍しい風景を見たり、熱帯雨林の中を船で進み、ロボック川の川下りを楽しみました。またセブに戻りセブ島南方のオスロブに行きジンベイザメツアーに参加、ここの海にはジンベイザメが飼いならされていて湾の中を数匹が悠々と泳いでいてシュノーケリングしながらジンベイザメと一緒に泳げます。ボートに乗り目を凝らすと海中にジンベイザメが泳いでいる様子がよく見えました。人間の数倍は有る大きなジンベイザメを見ると私は泳げませんでしたが、我々の仲間にはジンベイザメと一緒に泳いだツワモノが数名いました。(写真、HPから借用 )

チョコレートヒル ジンベイザメツアー

今回の旅の風景はどこまでも透明で美しい海、真っ青な空、朝日、夕日、遠くに臨む島影、椰子の木々、白い雲は忘れることのできない心に残る美しいものでした。愉快な仲間たちと大いに飲み、食べ、お喋りし笑いそしてダジャレの掛け合い、本当に楽しい賑やかな旅でした。

花田様、正木さま他皆様のご協力のもと慰霊と合わせて七か所もの観光地を訪れることができたことは感謝感謝の日々でした。

最後にLSC関西の高橋琢也・恭子さまの「会員ホームページ」に今回の旅の詳細な記事が掲載されていますので是非ご一読ください。