今回(最終回)はウズベキスタン旅行を振り返って、感想や注意点などご紹介したいと思います。
※ 写真の上でクリックして頂くと写真が大きくなります。
2500年以上の歴史を持つ古都ブハラかつて中央アジアの文化の中心地として栄えその後チンギス・ハーンによる町の破壊はあったものの16世紀に再び復活イスラム宗教色の濃い文化と地として姿を今に伝えています。
史跡の残る旧市街は当時の面影をよく残しておりまるでタイムスリップしたような気分が味わえました。
紀元前10世紀ごろからオアシス都市として発展しシルクロードの十字路の街として大きな役割を果たしてきたサマルカンド。13世紀チンギス・ハーンによって一度は徹底的に破壊されたが、 14世紀に入り、中央アジアで広大な帝国を造り上げたアミール・ティムールによりティムール帝国の首都として新たに発展。
今、町にはティムール帝国時代に造られた巨大歴史建造物が数多く残っている。ティムールが呼び寄せた技術者たちにより中国陶磁器とペルシャの顔料が融合して生まれた「サマルカンドブルー」その青色のタイルが当時の建造物を覆って壁面を埋める緻密な青のモザイクスタイル、そして真っ青な青空と言う光景が観光客をこの地に誘っているのだと感じました。
「青の都サマルカンド」に感動を覚えました。



タシケントの旧日本兵捕虜が建築に携わったナヴォイ・オペラ劇場

1947年建造のオペラ劇場で1500人収容。第2次世界大戦後シベリア抑留捕虜となった日本兵がここに送られ、建設に従事したことでよく知られている。
劣悪な労働環境のなか、気を抜くことなく懸命に働く日本兵の姿に当時のウズベキスタンの人々は心を打たれたという。建物の南壁は日本人が建設に従事した事を示すプレートも飾られている。
また1966年のタシケント大地震時に、町は壊滅的な打撃を受けのだが、ここは壊れることなかった数少ない建物の一つ。当時、市民の避難場所としても利用された。
空港や駅の出口では多くのタクシー運転手から声をかけられました。
ウズベキスタンのタクシーはメーター制ではなく、基本的に料金は交渉で決まります。
観光客だとわかると、通常の3倍~4倍ほどの高い料金を提示されることもあるそうなので注意が必要です
ウズベキスタンは完全な車社会で、町中をかなりの速いスピードで車が走っています。
日本の中でも大阪の運転は荒いと言われますが、ウズベキスタンの方がその数倍上を行く印象です。
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また、走っている自動車のブランドはシボレー車が8割ぐらいで色は白です。
バイク、自転車を街中で見かけることは、まれでした。
訪れた街はどこも清潔で、ゴミが落ちていることがほとんどありませんでした。
とても清潔感のある国だと感じました
日本人だと気付くと、現地の方々が親切に対応してくれました。
観光地では、多くの人から『一緒に写真を撮りましょう』と声を掛けられ、友好的な交流が出来ました。


治安が非常によく、夜遅くまで街を歩いていても安心に過ごせました。安全面で不安を感じることはほとんどありませんでした
ウズベキスタン国内を走る鉄道は、 タシケント・サマルカンド・ブハラなど主な観光地を移動することが出来ます。
◎予約
60日前から公式ホームページで直前まで予約できます。
列車本数が限られているし、観光シーズンは大変混み合い、すぐに満席になるため早めの予約が必要だと実感しました。
◎時刻表
【ブハラ発⇒サマルカンド着】(赤マーカーは乗車した列車)
特急列車アフラシヨブ号/エコノミークラス \4,600 / ビジネス \5,800
| 曜日 | 出発 | 到着 | 曜日 | 出発 | 到着 |
| 毎日 | 03:15 | 04:58 | 毎日 | 14:58 | 16:41 |
| 毎日 | 16:41 | 18:00 | 金土日 | 17:55 | 19:38 |
【サマルカンド発⇒タシケント着】
列車 シャルク・ナフサ号/エコノミークラス \4,500 /ビジネス \5,300
| 曜日 | 出発 | 到着 | 曜日 | 出発 | 到着 |
| 毎日 | 08:07 | 12:14 | |||
| 毎日(ナフサ号) | 19:23 | 23:31 | 毎日(シャルク号) | 19:35 | 21:48 |
サマルカンドからタシケント移動当初アフラシヨブ号(移動時間約2時間30分)を予定していましたが、予約時満席の為シャルク号(移動時間約4時間10分)に乗車しました。
食材は、内陸国という事情もあって野菜と肉が主流 野菜は、ほぼすべて、オーガニックで新鮮で肉は羊と牛肉が多くて香辛料をたっぷり使って臭みを和らげているのが特徴でした。
食事は、何種類のサラダから一品とウズベキスタンのパンであるナンとメイン一品を肉料理でオーダーしました。









5泊7日という短い期間でしたが、歴史・文化・人々の暖かさ、食べ物の美味しさ、ウズベキスタンの魅力を存分に味わうことができました。


ガニシェル・ナジロフ氏は
『リシタン・ジャパンセンター』
(無償で日本語を教えて居られる学校)の校長先生です。
今回、通訳兼現地ガイドで大変お世話になりました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
旅を通じて、日本と異なる文化に出会いに多くの刺激をもらい、貴重な思い出となりました。
来年も今回訪れることができなかった「ヒヴァ」やシャフリサブス歴史地区(世界遺産)・西天山(世界遺産)、そして今回お世話頂いたガニシェル・ナジロフ氏の住んで居られる「陶芸の町」と「日本語が響く町」と知られている「リシタン」を訪ね、 先生と再会したいと考えています。
編集担当 谷口孝行




