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2026 高雄ロングステイ(4)鍵山眞由美 記

随筆/雑記

「温故知新」古きをたずね、新しきを知る。

1月17日、午前中は日本の沈没した軍艦の犠牲者を祀った保安堂、午後は製糖工場近くの森にハイキングに行きました。

保安堂

保安堂は「日本と台湾の関係を知るには絶好の廟です。特に初めての方はぜひ行っていただきたい」という事前の通知がありました。私は初めての訪問だったのですが、行ってきて本当に良かったです。

保安堂には、なんと日本の軍艦と艦長が祀られているのです。以下、廟を守る元自衛官の方のお話です。

第二次世界大戦終戦後まもなく、高雄の漁師の網に頭がい骨がかかりました。漁師は道教の教えに従って頭蓋骨を弔いました。ここまでは、普通の話かもしれません。

この先が驚きです。その後、頭蓋骨の主が夢に現れ、こう語ったといいます。「私は第38号軍艦の艦長である。部下を日本に帰してやれなかったのが無念である。」驚いた漁師たちが霊廟を作り、軍艦の模型を据えて祀ったのが保安堂の始まりだそうです。

話はこれで終わりません。第38号軍艦の艦長とはいったい誰なのか、「防衛」の壁に阻まれ、なかなか情報は得られないまま、時は過ぎました。しかし、保安堂の関係者はあきらめず、当時の資料を探し続けました。(写真は水兵さんを頂いた灯篭)

そして、ついに2001年、それを見つけたのです。艦長は熊本県出身の高田又男さんと判明。保安堂の関係者は熊本県内の高田姓すべてに片っ端から電話をかけ、とうとう遺族を見つけます。そして遺族を台湾に招待し、慰霊を行なったのです。

戦後、何十年経てもなお、慰霊をしてくださっている台湾の皆さんに、「親日」という言葉だけでは語りつくせないものを感じました。

保安堂に関しては、杉山泰彦さんの投稿、葉園長と親日台湾の由来にも詳しく書かれていますので、ご参照ください。

エコツーリズム

榮譽国民の家でお会いした友達からハイキングのお誘いがありました。橋頭糖捷駅から3kmほどのハイキングコースで、高雄の自然を守るためのエコツーリズムでもあります。

午前中の保安堂訪問に続く午後のハイキング。メンバーの体力はいかに? ゴールのご褒美は、もちろんアイス! 橋頭糖捷には台湾初の製糖工場の跡地があるので、アイスクリームの売店が待っていますよ

駅前にある広場でツーリズムの説明を受けるために待つメンバーたち。なかなか始まらず、ここでかなり体力を消耗…。すでに、やや疲れた表情のメンバーたちも。

やっと出発となりましたが、ここからが大変。道を埋め尽くす人々の牛歩状態となり、結局、ハイキングは途中から断念しました。そして向かったのが、ハイ、アイスクリームの売店ですね。

途中、敷地の一角に佇む聖観音像を見つけました。こんなところに、なぜ? . . . 説明書きによると、これは、従業員の安全祈願と、地元住民と日本人との和合を図るため、初代社長により建てられたそうです。そこで、初代社長、鈴木藤三郎について、調べてみました。

台湾に初めて近代的な製糖工場を作った鈴木藤三郎。現地雇いの台湾の人々と分け隔てなく接し、工場の敷地内に従業員のための病院や学校なども作ったそうです。やがて台湾は世界有数の砂糖生産地へと急成長。彼は「製糖王」と呼ばれました。

鈴木社長は、自分亡き後もこの地で人々は幸せに暮らせるか、を考えていたとのことです。ちなみに、この製糖工場に関して、後藤新平と新渡戸稲造が協力者だったそうです。錚々たるメンバーですね。今度来たときは、ぜひ、博物館や工場跡も見学したいと思いました。

アイスを食べて元気を取り戻したメンバーたち。さぁ、最後はいい笑顔で、製糖工場博物館前で記念撮影です

編集担当 鍵山眞由美  写真提供 SGさん

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コメント

  1. 鈴木京子 より:

    読ませていただきました。
    感心する事然りです。

    • 鍵山眞由美 より:

      鍵山です。コメントをいただき、ありがとうございます! 保安堂では本当にいろいろなことを考えさせられました。学びの多い訪問でした。

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